かりんとうまんじゅう日記

かりんとう饅頭のおいしさを知ったあの日。私の中でしがみついていた物が崩壊した。

羨ましかった。

さっきのblogから続きになります。

結局、恐竜ゲームを終えたのは4時半。
ゲーム開始からほぼ6時間近く経っていました。
今までゲームをしているそばにいたことがほとんどなかったので、一度やってみようと思い、2時間ほどはソファーで寝ていたが途中起きてパソコンしたり、眠け覚ましに引越しの荷造りをしていました。

寝るよって旦那に言われて、違和感。

んー。

一緒に寝たかったんじゃないの?っていわれて。んー。

こんな時間に寝たいとは思ってなかったし、今日は時間考えてねってあらかじめ言ってた。

結局、わたしが居ようが居まいが関係ないんかなって。優先順位はやっぱり自分の時間が1番なのかなって。

思ったら聞かずにはいれない。

そしたら半端なく言われる、言われる。

いつでも優先しろというのか?
お前にも同じこと言うていいなら、俺の都合を1番にさせてくれ。ゲームをさせてくれ。と。
一緒に寝たいって寝てる時に意識あるわけ?寝てる事実知ってるわけ?
子どもを寝かすようにそろっと出て行ってゲームをすればいいわけ?
とまで言う始末。こうなってきたら火に油。

寝てる時間を削って自分のしたいことをして、何がだめなのか。
人が幸せにしていることが疎ましいんじゃないの?
何か自分は犠牲にしてるのにって思いがあるからじゃないの?

これにはノックアウト。

じゃあ、あたしもさせてもらいますよと。あんたみたいに出来たら羨ましいよと。子どもが生まれたら自分の時間が持てるよう、協力してなってなるよね。

自分の時間と相手の時間を使いこなす旦那が羨ましかったのかな…。
自分には旦那と過ごす時間が1番だったけども、なんで?ってなると自分の趣味がなかったからかな?
やってみたいこと、いくつかあったのにせずに来たのは、うまくやりこなす自信がなかったからかな。それとも探してたのに踏み出せなかったからかな。
失敗したくなかったからかな。
.そもそも興味なかったからかな。

求められるがまま、こなしてきた家事。相手の機嫌が良くなるならと思って努力した料理。

自分がしたい、こんなんつくりたい、こんなん食べてみたいって思ってした料理はあまりない。ぱん作りくらい?これも結局は相手の希望聴いて作ってたな。

食べてほしいって気持ちの裏側に、そうせな自分のいる意味がないって怯えてた。求められるがままにしとけばラクだから。

反発するのはしんどい。
無難に暮らしたい。

そう思っているのに結局できない。

自分の気持ち、知ってほしい。
どうしてそうなるか教えてほしい。
理解したいけど、うまく受け止めれず揚げ足をとってしまう。

でも話し合いをやめたくない。

逃げ出したらまた辛くなる。
また自分を責めて怯える日々になる。

怖いけど進みたい。

寄せては返す波のように気持ちは行ったり来たりする…。

相手に求めるよりも自分の幅を拡げる努力をしたほうが理にかなっているよね。

まだまだ落ち着きどころが見つからない大みそかの明け方。。

ひとまず寝よう。

たった2泊3日しかいない、二人で過ごす最後の年末。 私は恐竜のゲームに負けたのだ。

2015年は大きく変わるイチネンでした。

昨年末に仕事で精神的に落ち込み(うつ病)休職。

2015年2月末で退職。退職をしたことで精神的に安定。なんともわかりやすかった。誰かTwitterで『目に入ったごみを取るように、しんどいと思うことを取り除けばいい』といったような文言があったが、まさにそれ。

見た目元気にになってきたので、仕事をしないとという旦那からのプレッシャー。ハロワで相談し、4月中旬からデイサービスの相談員のパートとして週3、4時間という正社員以外の働き方を4年ぶりにすることに。

2015年5月末、妊娠発覚。発覚時は夫婦共に驚く。更に旦那から社員になれというプレッシャー。子どもを育てるのにお金がかかるからということで。そして社員で働いてほしいという希望もあって。会社に相談し、前向きに検討してもらうことに。

このとき、旦那から出生前診断について話される。この話は後にも先にもこのタイミングでしかなかった。今思えば心配と不安が爆発していたように思う。私以上に。

 

相変わらず、旦那はマイペースである。

大好きなゲームとの付き合いは、少しずつ上手になってきているようだが今は色々便利でLINEやゲームのアプリ?でゲーマーたちがログインすれば、すぐに知らせが入る。その知らせが合図のようで、そそくさと身の回りの用意を終えて自分の部屋へ消えていく。インカムをつけてのゲームなので、声のボリュームは半端ない。盛り上がるとそれはもう中学男子生がいるかのような盛り上がり方。そして時間は過ぎていく。終わりがないのが、オンラインゲームの怖いところ。

妊娠が発覚したことで、何が変わったのかと思えば大きくは『ない』。

私がとりわけつわりがひどくなく、元気に過ごしていることが多かったのであまり効果もなく…。むしろ『なんでお腹以外も大きくなるの?それってただ太ってるだけ?』とか、平気で言ってくる始末。このときばかりは、本気で何かしてやろうかと思った。

 

とはいえ、だんだん大きくなるお腹。そして目に見えない倦怠感。頭痛と便秘がひどく、内服処方されながらも仕事を乗り切る日々。

仕事が休みの日は倒れこむこともあった。この働き方のおかげでなんとか乗り切れた部分は大いにある。

 

11月末で一旦仕事を終えた。産休に入り、里帰り出産のため実家へ帰省。

旦那に会うのも2週間に1度。今週に入り、約3週間ぶりに家に帰ってきたがすでにゲーム三昧。これには正直驚き。嫁がいてもリビングに勝手に持ち運んできたゲームを始める始末。しかもインカムつき!!!すげぇよ、逆にレベルアップしてるやん。

 

それに対して、私自身は『どうでもよくなってきた』感が強くなってきた。

この人にとって、好きなことをする時間はいつでもほしいことは理解してきた。それがないと、体調を崩すとさえ思っている。(現に仕事が忙しくゲームができないときは決まって風邪をひく。)機嫌の浮き沈みにも関わるから、それをしていれば(それさえできる環境)体調も機嫌も良好。

 

子どもが出来るまでは『自分を一番にしてほしい』と思っていた。ゲームなんていつでもできるって。

子どもがお腹にいることがよりリアルに感じるようになってからは、自分はお腹の子のことが一番だと思うようになった。この子のために自分が安定した(体調も気分も)生活をすることが一番だと思う。

一番というか優先順位といったほうがいいのかな~?ここら辺がうまく言えない…

 

たった2泊3日しかいない、二人で過ごす最後の年末。

私は恐竜のゲームに負けたのだ。

 

優先順位からすると下位になっているのだ。

だからなんだって思う。だってそうなんだもん。仕方ねーじゃん。

 

非現実のゲームの世界に浸りたいこともある。恐竜を手名付けて、トリケラトプスを仲間にしたり、ティラノサウルスの小屋作るために薪集めしたり。

『これぞ、サバイバル!!』とかわけわからんこと、言い始めたり。

好きなことに対する時間の感覚って自分の今置かれている立場や時間や空間を『消す』ような作用があるよなあ…これが没頭ってやつなのかな。

 

明日は実家に帰る。彼は年越しゲーム、正月ゲームに没頭するであろう。

願わくは、立ち合い出産希望なので『ちょっと今(ゲームで)手が離せない。』と言って来ないなんてことはないようにしてほしい。

そんなことが分かったら、子どもにしっかり叩き込んでしまうからね。

 

そんなこんなの2015年まとめ。

 

 

 

 

合うということ

やってもないのに、恐い恐いと言って何もしない。自分が傷つくというリスクがあるから何もしない。自分の経験という狭い範囲だけで動こうとするから、それ以上の結果は手に出来ない。

リスクのないことは、この世にはないこと。信じたい人を信じ、信じた自分を信じることができないなら、何を信じて生きていくのか。
裏切られてしまう『かもしれない』という予防線があることで安心できるのか?それとも、そうなって欲しくないはずなのにどこかでそうなると思っているのか?

自分が思ってて、相手が思ってないこと。相手が出来て自分に出来ないこと。自分が出来て相手が出来ないこと。
具体的に何が自分には出来るのか、相手に何をお願いしたいのか。そこがすり合わせできないと、話し合いは進まない。
妥協点を見つけあう。

そう、見つけ「あう」ために話し「あう」。

1人で出せる答えもあるが、2人で出せる答えもある。

繰り返して少しずつ出来るようになる。
少しずつ進んでいく。

振り返った時、出来ることが増えている自分を信じてあげよう。

出来るんだから、やる。
自分を見くびるな。

会社の先輩がタダで会社の内情を教えてくれたことで考えたこと。

パートから社員になる話が具体的になってきた。

おおよそ、決まりではある。

あと4回、仕事に行けば産休のためお休みに入る。

職場の諸先輩方から
社員になるならこれは知っておいてほしいと言われた、会社の内情。そしてその環境の中、社員になることへの心配があると。

どこにでもある、なんなら前の勤務先の方がよっぽど、どぎつかったかなと思うこともあるが、今の職場の上の人間の動向は知っていて損はない。パートの時間だけでは到底把握出来なかったことを、先輩方はタダで教えてくれた。タダで教えてもらってえぇんかなって思うくらい、愚痴というよりも事実を教えてくれた。それを興味を持って聞いた。


わたしは元々プライドが高くて自尊心もあったし結果を残してきたことに自負している部分も多かった。なので、一目置かれたい思いも強く、実際にそうなれば(何かの代表になったり発表する機会があったり。学生時代でも仕事場においても)ほれ、見たことか!と、鼻高になっていた。自分でも分かる。内に秘めておけなかった。なので、だれがどうこうとか、そういう情報は聞くけど、自分はそれを跳ね返すくらいのモノを持っていると思っていた。それが仇となって、打たれることはどの時代にもあった。


今思えば、単におもしろくない。こいつ。の標的になりやすかった。そりゃ、そーだわ。笑。
それでもプライドがあるから、何食わぬ顔で当の本人の前や周りには、できるだけ悟らないようやり過ごしてきた。
それがもっと、おもしろくない結果に繋がってエスカレート。
最終的には自ら、この場所は私には合わない。と離れていき、離れたことでせいせいしたと思っていた。

実際は見た目以上に凹むし悩むししんどくて泣いたけども、素振りは見せないのが強いと思っていた。
寂しいなんて思ったら負け、相手の思う壺だと思ってきた。

でも去年の職場でのいじめは姑息でこんな奴まだおるんや、って思ったし、誰に言わせても、相手の単なる僻みでそれが半端なく私に対する憎悪(単に資格をもってるだけなのですがね。経験も私の方が浅い)に繋がって。でも最終的にはその方自身も病にふしてしまった。自ら望まぬ方向に会社ごと巻き込んでしまったようだ。オトナの力が入り組んで、会社の本当の闇の部分を見て衝撃的だった。


今思えば、前職場の人も学生時代にもめた人も、みんな必死だったんだと思う。自分の居場所が取られないかどうか。居心地の良い環境にしたいと誰もが思う。そう、わたしもそうだった。私の居心地のいい環境にしたかった。みんなでしていくものなのにね。
欲張りにもその環境を作ろうと、目立ったり、注目を浴びるような言動してたのもあったのかな、無意識だけど。それを危機感だと思った人から、排除されてきたんだろうな。私も危機だと思うから逃げたし。

本当に賢い人は、俯瞰で人間観察と関係づくりが上手だと思う。それでいて、自分にとって大事な軸がある。そして立ち回りの判断や自分がやりたいことをするためにどういった準備が必要なのかを考えて実践している。根回しがいかに重要かを思い知った。何もかも、対相手あっての話。おもしろくするも、対立するも紙一重。

へこへこするのが根回しではない。
時に凛とする、自分とって譲れないものは1つあれば、いい。

まずは視察。それから考察。
そして傾聴と行動。分からなければ聞く。教えてもらおう。

そして皆、何かに怯えながら生きている弱さがあることを心のどこかに留めておこう。自分もそうであるように。
なんら不思議なことではない。それが守りたいものであり、じぶんの糧になることも、これまた紙一重だから。

気づけば、朝の4時半からこんなことを考えいる。もう2時間も経ってしまった。せっかくの休みなのに。

もう一寝入りしよう。


柔軟に生きてこ、わたし。



”1年前の悩みが言えますか?”

という問いかけをtwitterで見かけた。

1年前は、ひとまず苦しかった。
夫婦仲が最悪でお互いの両親を巻き込んでまで話し合いになった頃だった。

家に帰るのが億劫で仕事もどん詰まり。
この頃から精神も体調もバランスが崩れ始めていたっけ。


今、お腹の赤ちゃんは8ヶ月を迎えた。
先週からお腹のハリがあり、内服がスタート。便秘&頭痛も再燃してしまい、処方が出た。
こんなに自分のからだが改造されていくってのは、ほんとに不思議。お腹の中でなかったものがあるものに変わっていく過程はなんとも感慨深い。

今の悩みは、来年の4月から正社員になる話が出ている。妊娠と同時にパートから社員になりたいと職場長に伝えていた。新店舗オープンのタイミングもあり、その時期に復帰する約束になっている。
それと同時に赤ちゃんが無事に産まれて育ってくれた時点で保育所を見つけないといけない。
約生後3ヶ月で預かってくれるところは正直少ない。それももちろん分かってだが、職場長からは『ここは頼んだよ。』と暗黙の了解…の念押し。きっと根回しもしてくれたんだとは思う。保育所が見つからないと復帰は難しいと話はしているが、無認可保育所や家族の協力でなんとか復帰しないと、と言われるとかなりのプレッシャー。

一方、家族のことで言えば現在、二世帯住宅を建設中である。
同居する私の母からすると、生後3ヶ月で保育所に預けることは賛成していない。だからと言って自分が見るのは筋が違うと思っているようである。愛情不足になり、子どもが可哀想、仕事は二の次でしょ。っと。

二世帯住宅は母からの大きな援助金があって、ローンが組めるギリギリの金額までなんとか銀行とも話がついた。
正直、旦那さんだけの給料では親子3人、プラスローンの返済は不可である。私が正社員で働く予定だということが条件でローンの審査もおりたくらいだ。

旦那さんは状況によって育休とる構えを見せてくれている。正直、その姿勢にかなり驚いた。そして嬉しかった。

以下は望めば叶うと思いたい気持ちも込めて書き記す。

赤ちゃんが無事に産まれてきてくれて母子ともに健康。産後の体調も安定し、新居への引越しも無事に完了。
保育園の入所手続きもすすみ、自宅もしくは職場に近い保育所が決まり、4月に職場復帰。
夫婦で協力しながら、お迎え行く。家事も共働きにして、大変ながらも毎日を一生懸命過ごす。子どもの成長を真ん中に置いて、親になって、家族になっていきたい。


さあ、冒頭の文言。
1年後に私はどうなっているのかしら。


『いいことは長続きしない。』には続きがあって。

少し落ち着きました。

 

前回、前々回の記事は本当に波があって

『いいと思っても長続きしない』ことへの苛立ちが半端なかった。

 

お腹の赤ちゃんも順調に成長していて

6ヵ月を迎えた。

夫婦の会話も聞こえるかな?聞いてるかな?

と思うと、喧嘩は減ったように思う。

 

『いいことは長続きしない』のには少し理由があって。

続けようと努力してきたのか、そしていいことも普通や当たり前になれば

それは『いいこと』ではなくなったように思えるのではないかと自問自答。

 

続ける努力は双方に必要。居心地がいいと感じるならばそれは尚更。

当たり前になっていればそれは自分はふと立ち止まって考える必要がある。

 

シンプルだし何だかスピリチュアルな本に書いてあるような言葉だけど

案外、当てはまるのかもしれない。

 

『いいことは長続きしない。』には続きがあって

『悪いことも長続きしない。』というのがセットだと思う。

 

いいも悪いも続かない。けどもいいことは続けたい。

 

我が家の場合、夫は私の手料理にこだわる。しかしまずいと食べない。

私は二人の時間にこだわる。

お互いの希望のここ1を押さえれば、あとは自分自身が考えることであったり

折り合いをつけたりできることが、一緒に生活し始めて約1年半の中で少しずつわかってきたこと。

 

…長かったな~これが分かるまで。

 

でもわかってよかった。

 

精神的にも落ち着いてきてるのはやっぱり2人の仲がいいからだと思う。

仲が悪いと本当にしんどい。

誰と仲が悪いよりしんどい。

 

いいことを続けるように、お互いに努力しあえる関係を。

 

 

 

 

 

よくもって2週間。

このBlogを開く時は
大抵、言い合いをして
背を向けあって寝ている時。

仲直りができなかった深夜に更新することが多い。


自分のために使えるお金、時間が結婚すると減る。
目に見えて減る。それはお互いのために過ごす時間や協力をすべき事柄に割くための時間やお金が必要になる。

私にとって、それがそもそも窮屈でならない。
自分のやりたいことに使える時間もお金も制限されることはとても窮屈だ。

今がまさにそのピーク。

贅沢をしていると思わないのか!?
と言われたことに、何が贅沢なんや?!って本当に思う。
ラーメン屋さんで食べたいと思ったラーメンさえ、無駄使いだと思われている。
ケーキ屋さんのケーキもそう。
友達と会うのも、ランチするのも、電車を使って会いに行くのも。


私のやりたいことは
お金が必要。そして時間も必要。

おこづかい制にしてもらってもいいと言うても、自制心がないのかと言われる始末。

自分でボーダーを決めても、甘いと言われる。

どーすりゃいいの??



願わくは早く彼より稼ぐようになりたい。家のこともめんどう見れるくらい稼いで、自分のやりたいことに費やしたい。


家でおとなしく飯炊きばばあしてたら機嫌いいとか、本当にめんどくさい。

あー。
悔しい。


貧乏だという自覚と認めることから
始めないといかんな、こりゃ。


でも、悔しい。自分に悔しい。

我慢強く生きるしかないのか。
ここにいる限りは。